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入り口のカウベルが鳴った。

俺は店のドアを開けると開いた席がないか店内をぐるりと見渡した。

どこにでもある軽食店にしてはずいぶんと洒落た内装だ。これならちょっとしたレストランとしても通る。適当に入ったが、昼食にこの店を選んだのは正解だったらしい。

店の入り口でそのちょっとの時間立っていたら、数人の客から注目を集めた。

別に俺の格好はそれほど目立つものではないはずだ。むしろ人目につかないように目立たない格好を心がけたつもりですらある。

俺の身長は170ちょっとの平均的なものだし、顔だって・・・自分で言うのもなんだがそれほど良くもなければ悪くもない。ごくありふれた人相だ。多少人が良さそうだと言われたことはあるが。今は訳ありで顔がわからないようにサングラスをつけているが、それとて注目を浴びるほど珍しくもないだろう。

となると、やはりこの視線は隣の連れのせいか。

「いらっしゃいませ。二名様ですか?」

手の空いたウェイトレスのお姉さんが尋ねてきた。

「ああ。」

俺は答えた。

俺のすぐ隣に立った小さな連れに視線を移したウェイトレスがちょっと笑みを浮かべる。面白そうに、微笑ましそうに。

ああ、もう。何回目だ?こういう反応。

俺はいつも通り、ちょっと恥ずかしくなった。

彼女の笑った理由は隣の連れが可愛らしい女の子だから。

見た目12歳かそこらの年頃で、腰まで届く長い栗色の髪と大きな瞳が人をひきつける、将来美人になることを保障された美少女だ。今はセーターにジーンズという格好で、束ねた髪にキャップつきの帽子という男の子のような格好をしているが、ちゃんとしたドレスを着せてやればまるで人形さんのような可愛らしさを持つだろう。

この服は俺が買ってきたのだ。・・・なんだよ?仕方ないだろ、男の子用ならともかく女の子用の服なんて買えるかよ。変な目で見られるだろ?

だいたい服なんて着れればいいんだよ。
とにかく、その少女は不思議そうに店内をきょろきょろ見渡していた。しかも、その右手は俺の左手をしっかりと握っている。つまり俺と手を繋いだ状態なわけ。

サングラス掛けた大の男が小さな女の子と手を繋いでる。

確かに少しばかり珍しい光景だろうな。でも仕方ないだろ。この子はどうも好奇心が強くて、ほっとくとすぐに迷子になるんだから。

「奥の方の、できれば窓際じゃない席がいいんだけど。」

「かしこまりました。こちらへどうぞ。」

俺の注文に少しばかりいぶかしげな顔をしたが、ウェイトレスはすぐに笑顔に戻って案内してくれた。

席に座ると、メニューとおしぼりに水が置かれる。水はともかくおしぼりが出るのはなかなかいいサービスだ。へたな軽食店や喫茶店に行くとおしぼりどころか冷えてない水を出されることもあるからな。やはりこの店に来たのは正解だったらしい。

「ここのおすすめ定食を二つと、俺はコーヒー。」

俺はメニューも見ずにこの店の店頭にあった看板に書かれていたこの店のおすすめ品を注文した。その後、ちらりと少女の方を見る。

「クリームソーダ・・・。」

ちょっと控えめにそう言う少女の言葉に俺は軽く笑って、「それとクリームソーダ。」と付け加えた。

「かしこまりました。少々お待ち下さい。」

「ああ、それとここのパソコンでインターネットしていいかな?」

「はい。ご自由にお使いください。」

店の入り口近くに数台配置されたパソコンを指して尋ねて許可を得ると、俺はウェイトレスさんの後を追うように席を立った。

「注文来たら、先に食べてていいから。」

少女が頷くのを確認すると、俺は空いてるパソコンの前に座った。

この店は注文をしたお客さんは無料でパソコンを利用できるサービスが付いている。『ナーヴ』と呼ばれるネットワークが世界中をつないでいるこの地下世界で、こういうサービスは結構よくあるのだ。実はこの店を選んだのはこのサービスがあったからだ。 

俺はパソコンを起動すると、自分のIDをカードリーダーに通した。

これは裏の世界で使う身分証明書だ。

俺はそれを使ってネット上のチャットシステムに一人の人物を呼び出した。

向こうはこちらを探しているはずだ。案の定、すぐにそいつは現れる。

『久しぶりだな、フラット。』

モニターに綴られる感情のない文章を見て、俺は理由もなく苦笑した。

俺の名はフラット。一人の少女の為に主に牙を剥いた愚かな飼い犬だ。

 

 

追憶の彼方外伝

FREE BIRD

〜第一章「男と少女と銃」〜

 

フラットの「知る限り」、そいつの名は「J」といった。

もちろんネット上での偽名だ。本名はフラット自身も知らないし、顔どころか性別すら知らない。彼らの出会いと会話はすべて電子空間上でのみ成り立っていた。

ただ一つ言えるのは、Jはフラットに生きる術を教えてくれた恩人でもあり、この世界に引き込んだ死神でもある。

<レイヴン>

この世界で一番金が稼げて、一番死亡率の高い傭兵の仕事だ。

『たったの2日ぶりだろ。』

フラットは慣れた手つきでキーボードを叩く。

音のない視覚的な会話。この2人のつながりはそれだけだった。

『なぜ連絡をよこさなかった。』

『追っ手を撒くのに必死だったから。』

顔も見えない相手に返事を返す。でも多分怒っているだろうな。一応、マネージャーだし。

『依頼中に契約を破ったというのは本当だったか。』

Jがつぶやくように文字を綴る。

『奪還したカプセルの中身を返さずに逃げたらしいが?』

『ああ。おまけに引き渡し役の企業の人間を何人か撃った。』

『愚かな奴だ。契約先の企業はお前をまだ探しているぞ。』

なぜか、Jが苦笑しているように思えた。

フラットは数日前、長期契約を結んでいた企業の依頼に背いた。

奪われた物資を取り返すという簡単な仕事だったが、彼はごく感情的な理由でその奪われた物資を企業に返さず、それを持って逃げ出した。当然、相手側はフラットとの契約を切り、彼は逃亡者になった。

その持ち逃げした物資が、あの「少女」だ。

かつてレイヴンズ=ネストというレイヴン専用の傭兵組織があった時代には、レイヴンは斡旋される依頼を自由に選んで、依頼主にこだわることなく仕事を選ぶことができた。

しかしその組織は謎の壊滅をとげ、残されたレイヴンはアリーナという闘技場でファイトマネーを稼ぐか、なんとかして依頼をくれる企業に取り入るかしなければならなくなった。

フラットが選んだのは後者だった。

Jのマネージメントの元、フラットはいろんな企業と契約した。

『一度裏切ったレイヴンは他の企業からも信用されなくなる。次の契約は少々難しくなりそうだ。』

依頼の失敗はこの際仕方がない。だが裏切ったという事実は厄介だ。

レイヴンズ=ネストの崩壊後、世界は「ネクサス・インペリアル」と呼ばれる軍事企業によって急速に管理化の道を辿り始めた。

企業間の抗争はネクサス・インペリアルによって鎮圧され始め、その戦いのおこぼれを生きる糧としていたレイヴンには生きづらい世の中になった。

自由な野良犬は生きていけない。路頭を彷徨わず生きていけるのは首輪をつけた飼い犬だけだ。彼はその首輪を自分で食い千切ってしまったのだ。

だがフラットは、もう首輪に頼るつもりはなかった。

『レイヴンをやめたい。』

端的に要求を伝える。

返答はしばらく時間がかかった。

『レイヴンをやめるのは簡単だ。すぐにでも登録されたお前の情報を消去してレイヴンとしてのお前はこの世界から消えることができる。だが、レイヴンになるのは容易なことではない。ネストがもはや存在しない以上、一度レイヴンをやめれば再びその職に戻ることは難しい。』

『この仕事に未練はない。』

あまり向いてないしな、と自嘲。

『私としては非常に困るのだがな。こちらも商売だ。』

『レイヴンは自由だ。』

まただ。幻聴かも知れないがJが笑ったように思えた。

『このご時世に、まだそんな台詞が聞けるとは思えなかった。奪って逃げた物資はどうやらお前の生き方を変えたようだな。』

Jの言い回しに、フラットはふと思った。

ひょっとしたら奴はあの少女のことを知っているのではないか。付き合いは長いが、Jは世界の情報すべてに通じているような感がある。

『犬が道端で飯を食う時代は終わった。お前は時代を逆行しようとしている。時の流れに逆らった者には、いつだって滅びが待っていたものだ。』

『俺は犬をやめるだけだ。これからは普通に生きていく。』

フラットはJの説得を頑なに拒んだ。

もう決めたことなのだ。その辺のことを、Jならすでにわかっているような気がする。

変な信頼だな、と彼は苦笑した。

少しの間の後に、返事が返ってくる。

『いいだろう。お前の登録は消しておく。

 ネット上でのお前の個人情報はすべて消しておいてやるので、企業からの追っ手はもう気にしなくていい。最後にマネージメント料としてお前の所持金の10%をもらっていくが、構わんな?』

『ああ。感謝する。』

『ACの方はどうする?』

長年の相棒であり凶悪な兵器であるその姿をフラットは思わず思い浮かべた。職業柄、鮮明な機体のフォルムが頭の中に思い浮かんだのには苦笑する。

『あんたに預ける。俺にはもう必要ない。』

『よかろう。

 レイヴンの退職の仕方には二通りある。一つは普通にやめるか、もう一つは死ぬかだ。

 お前の退職の仕方は理想的だった。マネージャーとしては複雑な心境だがね。』

いつだって事務的だったJの初めての皮肉。それがフラットへの最後の言葉になった。

『ではな。もう二度と会うこともないだろう。』

「・・・ああ、そうだな。」

回線が閉じられると、フラットはパソコンの電源をオフにした。

すでに何の意味も持たないレイヴン用のIDカードをゴミ箱に捨てようとして、思いとどまる。

何か思い出が欲しかったのかもしれない。彼は意味もなくカードをポケットにしまった。

席に戻ると、すでに注文した定食がテーブルに並べられていた。

溶けたチーズとオリジナルソースを乗せたハンバーグにポテトやピクルスをトッピングし、ハーフのライスとスープも付いている。

目の前の少女はそんなハンバーグ相手にナイフとフォークで悪戦苦闘していた。なんだかハンバーグを分解しているようにも見える。だが多分単純にナイフとフォークの使い方がよくわからないのだろう。

「こうやって使うんだよ。」

そう言って、フラットは自分のハンバーグをナイフで切ってフォークに刺して見せた。それを少女が見よう見まねで真似をする。

名前も知らない少女。ひょっとしたら人間でもないのかもしれない。

数日前、フラットが奪還に向かったカプセルに入っていたのがこの少女だった。彼自身は何かの実験体であろうと思っているが、詳しくは知らないし、知る術もない。

ちょっとしたトラブルで冷凍カプセルから彼女を解放してしまったフラットは、彼女を企業の人間に渡すことを拒否した。

それはおびえる少女に感じた罪の意識から来たものだったのかもしれないが、少なくとも後悔はしていない。彼女が何者であれ、一個の人格を持ち心を持つ少女を見捨てるほど自分は汚れきっていないつもりだった。

フラットは少女を連れて逃げることを決心した。

ところがこの少女。どれくらいカプセルで眠っていたのかは知らないが、どこか世間知らずなところがあった。言葉もわかるしコミュニケーションも取れるのだが、あいにく一般常識が少々欠落している。さっきのナイフとフォークの使い方を知らなかったのもそのためだ。そのせいか好奇心が人一倍強い

これ以外でも本屋でエッチな本を不思議そうに見たり、彼についてきて男子用トイレにまで入って来たこともあった。そのたびに彼は要らぬ恥をかいたものだ。

しかし、学習能力は非常に高く、今のように教えれば教えるだけ知識を身に付ける。

少女はぎこちない手つきでナイフを使ってハンバーグを切ると、フォークに刺してゆっくり口に運ぶ。しかし、刺し方が悪かったのか口に入る前にハンバーグは皿に落ちてしまった。知識はともかく実際に行動するのはやはり簡単にはいかない。

少女がちょっとくやしそうに落ちたハンバーグを見つめるのを見て、フラットは苦笑しながら切ったハンバーグを口に運んでやった。

「はい。口あけて。」

少女がぱっと顔を輝かせて飛びつく。

ちょっと大きかったかな?おいしそうにハンバーグをほおばる彼女の姿を見て、彼は自然と笑みを浮かべていた。妹がいるってのはこんな感じなのかな?

(・・・はっ!)

周りの客やウェイトレスが何か微笑ましいものを見るかのようにクスクスを笑っているのが聞こえて、フラットは我に返った。

「フラット、もっと頂戴。」

「あ・・・後は自分で食べてくれ。」

フラットは赤くなって俯きながら、黙々と食事を口に運んだ。


街は賑やかだ。

多分昨日も。

そして明日も。

同じように賑やかだろう。

ここの住人には、これが日常。

たった今。

俺はその日常に戻ることに成功した。

あっさりと。

戦いが好きだったことはただの一度もない。

人を殺すたび、いつも夜中に食ったものを吐いた。

その殺伐とした日々が終わるのは、死ぬときだろうと思っていた。

だが。

日常は返ってきた。

拍子抜けするくらいあっさりと。

後悔はない。

あるはずない。

だが。

 

俺はこれからどうすればいい?


「これからどうするの?」

内心を見透かすような隣の少女の言葉に、フラットは我に返った。

「あ、ああ・・・そうだな。どうするか・・・。」

動揺が表情にも表れている。

「とりあえず、ここのところ追っ手から逃げるのに夢中でろくに休んでなかったからな。

 どこかで部屋でも取るか。」

独り言のようにつぶやくと、少女を連れ立ってフラットは街を歩き回り始めた。

この地下都市は「アンバークラウン」というアリーナが盛んなことで有名な都市で、必然的にレイヴンの密集率が高い。ゆえに企業の追っ手を振り切って紛れ込むには最適だと思い、フラットたちはこの街に来ていた。

地下都市に昼も夜もないが、時間的にはすでに夜中だったので、すぐに見つけた適当なホテルにとりあえずチェックインすることになる。

部屋は彼女と同室。

金の節約と、とりあえずまだ追っ手の危険性が完全になくなっていない以上一緒にいたほうが何かと安全だからという理由もあった。もちろんフラットにはこのまだ幼い少女に何か邪まな感情を抱くようなつもりはほとんどない。全くないといえないところが少々男として悲しいものを感じるが。

だが、問題は名簿への登録の時だった。

フラットという名前はそれ自体が偽名だ。レイヴンという職業上、自然とそうなった。だから名簿に名前を書き込むときはいちいち偽名を考える必要もなかった。だが、問題は少女の名前の方だ。

「なぁ。君の名前って、そういえばなんていうんだっけ?」

改めて疑問になってフラットは少女に小声で尋ねた。

考えて見れば少女の名前も知らずによく数日間も会話が通じたものだとフラットは意味もなく感心した。

「白い服を着た人達は、いつも『失敗作』って呼んでた。」

「・・・なんだと?」

フラットの顔が一瞬強張る。

「・・・それはやめておこう。」

ともすれば噴き出してしまいそうな怒りの感情を押さえ込んでフラットはにっこりと笑って言った。もちろんはらわたは煮えくり返っている。

彼女がカプセルから解放されるまでどこでどのような目に遭っていたかは、その立場から想像に難くない。反吐を吐きたいような気持ちを抑えて、フラットは少し思案した。

「そうだな。例えば、俺にはフラットって名前があるだろ?君にはそんな名前はないのかい?」

「名前・・・。」

あごに指を当てて考える少女。

『実験体』や『ナンバー12』などいろいろな「名前」で呼ばれたが、真っ先に思い出したものが彼女にはあった。

その名前を付けてくれたのは自分の友達。

その名前で呼ばれると不思議とうれしい気持ちが溢れた。その名前を呼ばれるのがすごく好きだった。きっと、フラットのいう「名前」とはそういうことなんだろう、と少女は理解した。

「・・・ユキ。」

「『ユキ』?それが君の名前だね?」

「うん。友達がね、つけてくれたの。あなたは雪みたいに白くてきれいだからって。」

少女の意外な言葉に、フラットは驚きながらもうれしくなった。

この子のことを少しでも人間らしく扱ってくれる人がそばにいたという事実からきた喜びだ。

「うん。そうだね。とってもきれいな名前だ。」

そういって笑うと、ユキもうれしそうに笑った。

名簿にユキの名前を記入すると、フラットは鍵を受け取って部屋へと向かった。

「ユキ。」

「なに?」

ユキという名前でよばれるのが好きなのか、フラットが呼ぶとユキはうれしそうに笑って答えた。

「そのユキに名前を付けてくれた友達というのは、研究員の人だったのかい?」

「けんきゅういん?」

「えーと・・・白い服を着た人のこと。」

「ううん。わたしと『同じ』なの。」

(というと、同じ研究の被験者か・・・)

少女の言葉から、フラットはそう推理した。

彼が助け出したのはこのユキだけだったが、彼女に実験を行っていた研究所にいた被験者が彼女だけであるということはないだろう。今も、その研究所ではユキの様な少女が非人道的な実験の材料にされているかもしれない。そう思うと、フラットは無力感を感じながらも、どうしようもないというあきらめの気持ちが湧き上がってきた。所詮、ただの傭兵に助けられる人間の数などたかが知れているのだ。

「どうしたの?」

自然と表情の暗くなるフラットを案じて、ユキは心配そうに声をかけた。

あわてて笑顔を作る。

「なんでもないよ。

 ところで、その友達の名前はなんていうの?」

「えっと、白い服の人たちは『エウレカ』って呼んでた。」


『エウレカ、訓練終了だ。上がっていいぞ。』

「はい。」

スピーカーから流れた声に、少女はゆっくりと構えていた銃を降ろした。硝煙が未だ立ち昇り、周囲には薬莢が転がっている。その薬莢とちょうど同じ数だけの死体が物陰に横たわっていたが、それを少女が気にすることは全くなかった。まるで道端に落ちている石ころと同じように、少女はその死体をまたいで市街を模した訓練所を後にした。

栗色の長い髪がちょうど真ん中あたりで結ばれており、歩くたびにさらさらと綺麗に揺れる。だが、その整った顔には生きた機械を連想させる冷たい表情が常に張り付いていた。

「もうここの兵士では訓練の相手にならんな。」

ロッカールームで動きやすい野戦服から一転したクラシックなドレスに着替えていたエウレカの背中にスピーカーから聞こえたのと同じ声がかかった。振り返らずに誰なのか確認する。

「ありがとうございます、ハイドさん。」

まるで気持ちのこもっていないその言葉に、しかしハイドもまた壁に背をもたれさせたまま表情を変えなかった。目の前で着替える少女の半裸を前にして顔色一つ変えない。

それが彼らの関係だからだ。

ハイドは懐からタバコを取り出すと、エウレカが着替え終わるまでの間を潰すために軽く吹かした。白い煙が白い天井に溶けるように消える。

「お待たせしました。」

やがて素早くエウレカが着替え終わるころには、まるで計算していたかのようにハイドのタバコも根元まで吸い終わったところだった。

ハイドが無言で通路へ促し、エウレカがいつものようにそれに続く。

身長190を超える青年と小柄な少女が並んで小奇麗な通路を歩く。

不自然なその光景はこの施設ではすでに当たり前となったことだった。

「・・・<ユキ>の入った冷凍カプセルが数週間前強奪されたことは知っているな。」

「はい。」

不意にかかった言葉に、エウレカは冷静に答えた。だが、常に何も表さない彼女の瞳が「ユキ」という言葉を聞いた途端わずかに揺れたのを気付けたのはハイドだけだろう。

「数日前、ユキの奪還に雇用されたレイヴンが彼女と接触し、彼女を連れて逃亡したらしい。目下捜索中だ。」

「はい。」

また、彼女の表情に動揺が走る。わずかに、しかし確かに。

「あの娘は失敗作だ。上層部は1週間もすればあっさりと捜索を切り上げるだろう。その程度の重要性だ。だが、見つかるに越したことはない。」

「はい。」

「お前も行け。」

そう言って、ハイドは書類の束の入った封筒を無造作にエウレカに押し付けた。

「私もお前の担当官として同行する。レイヴンに関しては後で処置を決める。

1時間後に出る。準備を済ませておけ。」

「・・・はい。」

珍しく少しためらった後の返答を背中で聞くと、ハイドはそのまま左の分かれ道を立ち止まりもせずに歩いていった。その背中を見つめながら、エウレカが封筒を抱えてつぶやいた。

「・・・ユキ。」

愛しい者を見つめるようなその瞳で、エウレカは確かにそうつぶやいた。


定期的なコンピューターの低い駆動音が空間に響いた。

広く白い格納庫には音がひどく響く。巨大な最新の兵器を収納するスペースでありながらどこか消毒液の匂いがしそうなほど徹底して無菌状態にされたここが私は好きではなかった。

中央には巨大な人型の兵器が佇み、まるでそれが危険すぎるがゆえに監視するように配備された無数のコンピューターと研究員が常時その兵器のデータを記録している。

その兵器は生まれてから終始、ジェネレーターを停止させることなく、システムをシャットダウンすることなく、動き続けていた。息をするように。心臓を鼓動させるように。

私にさえ、「これ」がなんであるのか詳しくはわからない。

ただ、これが一人の者のために造られ、一人の者にしか使えないということだけわかっていた。

こいつは<ゴースト>と呼ばれていた。

「機体を輸送車両に載せろ。試運転の機会がくるかもしれん。」

私が手近の研究員にそう命令すると、彼は非常に驚いたような顔をしながらもチーフにそれを伝えに行った。

私は自分で下しておきながら、これが上層部を納得させるための条件でありながら、この命令が悪魔を鎖から解き放つ愚かな選択に思えてなかった。

上層部は「これ」が殺戮と破壊を巻く姿を望んでいる。そして「これ」を使えるただ一人の者がエウレカだ。彼女と<ゴースト>は共に在る。彼女が動くからには、「これ」も一緒なのだ。

「オプションの武装はどうします?」

「・・・不要だ。」

研究員の問いに、私はそう答えた。それが焼け石に水よりももっと意味のないことだとわかりながらも、私は気休めにすがりたかった。「これ」に武器など関係ない。なぜなら、「これ」自体がすでに最悪の武器であるからだ。

人間が人間の作った物を恐怖する。

それは大破壊でよくわかったことだ。

私の命令をひょっとしたら聞いていたのだろうか?自分が開放されることを理解したのだろうか?目の前のそびえ立つ黒い巨人が低く笑ったような気がした。

「・・・嬉しいか、化け物め・・・。」

闇に浮かぶセンサーアイがうっすらと細められたのを見て、私はそうつぶやいていた。

それ以上直視するのも嫌になって、私は作業を研究員に任せるとすぐにその場を後にした。

私の名はハイド。一人の少女と兵器を管理する仕事を請けた愚かな飼い犬だ。

 

 

〜to be continued〜

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